すべて診る

毎週火曜日と木曜日は、埼玉医大病院の消化器外科から大原先生と菅野先生っていう、”医局の後輩”が、クリニックに来てくれている。

これも、同じ釜の飯を食った、医局長の浅野博先生と、自分の大学院時代の研究指導教官・篠塚教授の気遣い。プレゼントっていうか、大応援団。


だから、何だか、火曜日と木曜日は朝から気持ちが安心する。



そんな埼玉医大外科も体制が変わり、昔のような、


何でもあり=総合格闘技=バーリテュード=MMA...

みたいな、昔ながらの”総合外科医局”ではなくなってしまったように、最近は外から見るとそう映っていた。
外科も、”外科しか見ない、専門バカ”になっている気がしていた。




先週、ある患者さんが大病院から紹介されて、自分が診るようになった。
病状は、産婦人科でもなく外科でもなく内科でもなく緩和医療科でもなく...

よくある集学的医療が必要な患者さんで、でも、逆を言えば、どこの科の患者さんかわからないともいえる方だった。


そんな時こそ、”何でも診る”   さいとうクリニックの出番!!と思い、頑張ったのだが、どう考えても、手術をすることがベストの患者さんだった。


大きな手術はクリニックではできない。


でも、あらゆる病院は、この手術に消極的で、結局この患者さんは置き去りにされ、病状は増悪の一途を辿っているように見えた。


よくある、救急車でのたらいまわしにもかぶって見えた。



そんな中、今日、後輩の大原先生に病状を説明し、二人でディスカッション。


”先生。やりますよ、手術!!。やるしかないですよ。自分たちが...!!”






いつの日か、尊敬する小山教授が自分に言った言葉。尾本外科の全員が当たり前のように思っていた言葉に被った。


救急外来に、腹痛の若い女性が来た。どう考えても、卵管炎か尿管結石か...
でも、婦人科も泌尿器科も、”自分たちの疾患ではない!!”の一点張り。

そんな時は、必ず、第一外科に入院になり、僕らが腹痛を治した。



僕らは、最後の砦。
僕らが断ることは、絶対にありえない。
僕ら外科医が何とかする。





そんな、教育を受けてきた自分が、今、まさに武蔵村山の小さなクリニックで現実を目の当たりにして、そして、理想と現実のはざまに揺れていた。

”すべて診る”という理想と、出来ないこと(入院と、大きな手術)もある現実。






今回、自分の後輩(といっても、もう立派な第一線の外科医だが)の大原先生が、躊躇なく、

”外科医の自分が何とかする””すべて診る”

気持ちで、患者さんに良き道を作ってくれたことに、感動・安心・頼もしい・心強い・自分も幸せ...


とか、何だかたくさんの良い気持ちを感じ、ただただ嬉しかった。



埼玉医大外科。遠いけど、最高だよ。

大原、ありがとう。

と、思った。






僕は、外科医のテンションを下げた分、日々、開業医の勉強を頑張っている。
今日もクレストホテルで、リウマチの勉強会だった。

入口のクリスマスツリーが、今日はいつにも増して綺麗に見えた。



そんな週の始まりだった。